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Wendy Eisenberg、'Mmeeaanniinngg Bbuussiinneessss'を公開

Wendy Eisenberg

 

ニューヨーク/ブルックリン拠点のギタリスト・ソングライター Wendy Eisenbergが、10/21にJoyful Noise Recordingsからリリースした『Wweennddyy Eeiisseennbbeerrgg』より、'Mmeeaanniinngg Bbuussiinneessss'を公開!

2026年を代表する作品について語るとき、たとえばTinasheなどと並べて取り上げたいのが4月発表の『Wendy Eisenberg』。この曲はそんな名盤を大胆に拡張したライブ再構築作品『Wweennddyy Eeiisseennbbeerrgg』の収録曲です。37分+9分の2曲のみ。

演奏に Trevor Dunn, Mari Rubio (more eaze), Ryan Sawyerが参加。

常々、もっと長い尺で聴いてみたいって思ったり書いたりしてきたことの理想形。

大きく引き伸ばされた時間の中で豊かに展開していく音。体に当てるか入れるかの違い、みたいな。熱いシャワーが必要なときもあるし、温かい湯船が必要なときもあるみたいな。一回の体感に深さを求めるなら相応の時間があったほうが良いよね、みたいな。そんな感じ。最高。

Wendy Eisenberg、'Meaning Business'を公開

 

“I want to write songs that feel infinite. I want to write songs that transcend their production, that can weather the changes. It’s probably a holdover from my jazz training, the desire to hear my material in different contexts. A standard sounds different passed through time and hands. This band, Ryan, Mari and Trevor, can do anything- between them their practices span jazz, metal, country, ambient music, minimalism, and hyperpop, at least. Why not literally stretch them, and my songs, out? I want to feel when a slowed-down song becomes ambient music, becomes jazz, becomes something else. Experimental music; an experiment. Hopefully not chopped, but definitely a little screwed. Subjecting these two songs, songs that are explicitly about memory, to a compositional process explicitly about length, lets me perceive the time in each song differently. In these versions, the form is maintained but sections elide, become solos, become worlds. Returning to the chorus feels different after fifteen minutes than it does after a minute and a half. Maybe it’s a Cagean imposition, making a pop song stay interesting after 20 minutes. I can justify it however, forever. I just want to hear the band play on.”

無限に続くように感じられる曲を書きたい。プロダクションの枠を超え、時代の変化にも耐えられるような曲を書きたいのです。おそらく、ジャズの訓練を受けてきたことの名残なのでしょう。自分の楽曲をさまざまな文脈で聴いてみたいという欲求があります。スタンダードナンバーも、時代や演奏する人の手を経ることで違った響きを持つようになります。このバンドのメンバーであるRyan、Mari、Trevorは、何でも演奏できる人たちです。3人の音楽的なバックグラウンドは、ジャズ、メタル、カントリー、アンビエント、ミニマリズム、ハイパーポップなど、実に多岐にわたっています。それなら、彼らと自分の曲を文字どおり引き延ばしてみたらどうだろう。スローダウンした曲がアンビエントになり、ジャズになり、さらに別の何かへと変わっていく瞬間を体感したいのです。実験的な音楽、つまりひとつの実験です。切り刻まれたものにはしたくありませんが、間違いなく少し加工されたものにはなるでしょう。今回の2曲は、記憶について明確に歌った曲です。それらを、長さを明確なテーマとする作曲プロセスに委ねることで、それぞれの曲に流れる時間を違った形で捉えられるようになります。今回のバージョンでは曲の構成自体は維持されていますが、各セクションは互いに溶け合い、ソロへと変わり、ひとつの世界へと変貌していきます。1分半後にサビへ戻るのと、15分後に戻るのとでは、その感覚はまったく違います。20分経ってもポップソングを飽きさせないようにするという、ジョン・ケージ的な試みなのかもしれません。どう説明することもできるし、どこまでも理屈をつけることもできます。私がただ聴きたいのは、バンドが演奏し続ける姿なのです。